学校沿革

 本校は、昭和23年「村づくりは人づくりから、人づくりは教育から」の信条で真狩村民の熱意と努力で倶知安農業高等学校真狩分校として開校しました。その後、昭和27年11月に分離独立し、北海道真狩高等学校と改称しました。

 開校以来「わが村の高校」として、設置者である真狩村並びに地域住民の支援を受け、「農業の担い手養成、農業を中核とした産業人を育てる」ことを基本に据えた教育活動を展開してきました。

 卒業生総数も1,600名を越え、地元真狩村はもとより、各地、各界において活躍しています。

 昭和56年9月、真狩村が「生涯学習の村」を宣言するとともに、高等学校校舎を公民館と隣接した現在地に建設して、公民館と高等学校が一体となって村の「生涯学習センター」としての機能を発揮しています。

 本校は、歴代の校長の指導力と真狩村の強力な支援を受け、情報化教育を先取りした昭和59年のパソコン導入、平成元年の学校教育法改正と同時に3修制の導入、そして平成4年には農芸科学科への学科転換など、全道の農業高校の先駆的な教育内容の改革と充実を図ってきており、この間、全道教育実践表彰1回、後志教育局実践表彰3回の受賞など、各方面からの高い評価をいただいてきております。

 平成25年からは、コース制を新たに見直し、有機農業コースと野菜製菓コースに改編しました。

 これは、農業のグローバル化、食の安全意識の高まり、6次産業化への流れを踏まえ、高校として、地域の人材育成および、農業と地域産業への貢献を視野に入れたものです。

 現在は、羊蹄山麓はもとより、札幌、石狩など道央圏全域から多くの志願者を得て、地域と密接に連携した特色ある教育を展開することで、農業や食産業を中核とした産業人を育てる教育の充実を図っています。

※ 6次産業化とは、1次産業としての農林漁業と、2次産業としての製造業、3次産業としての小売業等の事業との総合的かつ一体的な推進を図り、農山漁村の豊かな地域資源を活用した新たな付加価値を生み出す取組のことです。

校歌

 <校 歌>

作詞 新 田 茂 一

作曲 八 洲 秀 章

 

一、我が学びやに真理をもとめ 我が師と理想の世をつちかう

  のぞみ涯なし真狩の丘の から松のみどり萌ゆる思い

二、友みなこぞりてちかいゆく道 馬鈴薯の花のしろけがれなく

  文化すゝむる世代の眉字に 羊蹄のみねたかくはるけし

三、ゆたけき土に拓きし跡の 父祖のあゆみし巨いなるみち

  われら学徒はあかるく正しく 世紀はあらたな知恵をもてつがむ

  (昭和三十三年十月二十五日制定) 

 

生徒数・職員数

<平成30年度在籍生徒数>

1学年42名 2学年26名 3学年29名 4学年1名 合計 98名

 

<平成30年度教職員数>

校長1名 教頭1名 教諭 ・講師13名 保健指導員1名 ALT1名

事務員2名 実習助手2名 農務従事員1名 校務補1名 寮管理人1名